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観劇日記は基本的にネタばれありです。コメント、TBはお気軽にどぞ。
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「bare」2020.2.6ソワレ 草月ホール
2020年02月10日 (月) | 編集 |
2014年、初演でのキャッチコピーは
「同性愛、ドラッグ、宗教、セックスー。衝撃のロックミュージカル、日本初上陸。
2000年10月、ロサンゼルス ハドソン・シアターにて幕を開けた『bare』。青少年の性とアイデンティティへの葛藤をリアルに描いたその衝撃は、瞬く間にミュージカル界を駆け巡る」
というものでした。(初演パンフレットより引用)

初演の開幕まで、公式ブログでは丁寧に、「LGBTQについて」「カトリックの寄宿学校について」「ドラッグについて」「聖書の教えについて」など、作中に登場する概念や用語、環境についての解説が続けられました、


神田恭兵さんがご出演ということで通い詰め、泣きすぎてふらふらになりながら友人達と連日中野ポケットへ通い、終演後や開演前やマチソワ間に、解釈や歌詞の聴き取りを語り合った懐かしい日々。

初演があまりにも好きすぎて、その思い出を大事にしたくて、再演には私は行きませんでした。

それが!
神田さんがマットでカムバック、田村良太ピーターと谷口ゆうなナディアが続投と、大好きだった初演キャストが3人も揃うなんて。
更に、神父様役に林アキラさんが来るなんて!
「こんなメンバー揃うなんて、もう絶対無い。行っとけ!」と言うことで、1公演だけ行って参りました。

単純に日程の都合で決めたのが、どうやらとてもラッキーな組合せだったようです。
個人的に、初演を含めたMyベスト回になりました。
キャストの皆さんの感情の生々しさが凄まじくて、もうこっちは削られて抉られて泣きっぱなし。
「誰も正しくなかった。けど、誰も悪くない。これぞ「bare」だ!」と思わせてくれました。


「bare」2010.2.6ソワレ 
草月ホール 1階最前列上手側

ジェイソン 小谷嘉一 
ピーター 田村良太 
マット 神田恭兵 
アイヴィ 茜屋日海夏
ナディア 谷口ゆうな 
ルーカス おでぃ ターニャ 井坂茜 カイラ 仲里美優 ダイアン 露詰茉悠
ローリー 小林風花 ザック 石賀和輝 アラン 高木裕和

シスター・シャンテル 北翔海莉
神父(校長)  林アキラ
クレア(ピーターの母) 伊東えり

(あらすじ)
カトリックの全寮制高校、セント・セシリア。ミサで教会に神父の言葉が響き、生徒達は祈りを捧げる。
平凡なピーターと、学校一の人気者・ジェイソンは秘密の恋人。
ピーターは、いつかは自分をさらけ出し(bare)、堂々と愛し合いたいと願っていた。

卒業公演「ロミオとジュリエット」のオーディションで、ロミオにはジェイソン、ジュリエットには美しい容姿を持つアイヴィが選ばれる。
ジェイソンの双子の妹・ナディアは乳母役に選ばれ、自分のデブである体型を皮肉たっぷりに語る。
アイヴィに恋する、いつもジェイソンの二番手に甘んじるマットは、ロミオの宿敵ティボルトを演じることになった。

ピーターとの関係を隠し、親が望む優等生を演じ続けるジェイソン。
母クレアにも自分がゲイだと打ち明けられないピーター。
見た目ばかり注目され、中身を誰も見ようとはしないと嘆くアイヴィ。
親はジェイソンばかり注目して自分は見放され、皮肉と自虐を繰り返すナディア。
本当は一番になりたいし、アイヴィに自分を見て欲しいマット。
そして他の生徒達もまた、大人や学校から求められた役柄と、自らが探し求めるアイデンティティとの間で葛藤している。

ある夜、ドラッグディーラーのルーカスによって、学校の規範を外れたレイブパーティが開かれた。
酒やドラッグを手にすれば、本当の「自分」をさらけ出すことができるー
生徒達は、翌日のことも考えずにトリップしていく。
もっとオープンになりたいピーターは、皆の前でジェイソンにキスをしようとするが、ジェイソンはそれに応じない。
二人は誰にも見られないよう場所を変え、密かにキスをする。が、マットがそれを見てしまっていたのだった。

アイヴィのためにマットが企画した誕生日サプライズは、ナディアによって酒やドラッグが入った乱痴気パーティとなる。
ドラッグの力を借りたピーターはジェイソンへの想いをぶつけるが、人前ではダメだと断られ、ピーターは怒って部屋から出て行く。酔っ払ったアイヴィがジェイソンに迫り、途中でマットがアイヴィに数回声をかけるもすげなくされ、マットも部屋を出て行く。
アイヴィとジェイソンはキスをし、外でマットとピーターはやけ酒で鬱憤を晴らし、マットはピーターからカミングアウトを受ける。

次の日。芝居のリハーサルで、マットとジェイソンは諍いを起こす。
一緒にカミングアウトしようと懇願するピーターに、現実を見ろと言い争いになるジェイソン。
ピーターは部屋を飛び出し、一人になったジェイソンの元をアイヴィが訪れる。更に関係を進めようとアイヴィから強く求められ、二人は一線を越えてしまう。(一幕)

そのまま長期休暇に突入し、生徒達が学校に戻ってきた時には、いろんな事が大きく変わってしまっていた。そして新たな事実が判明し、事態は一気に悲劇へと向かっていくー。

あらすじのまとめが長くてすみません。では、感想に参ります。「 」は曲名です。


「公現日」
校長のミサの説教から生徒たちの自己主張が始まり、そして同性愛者であるピーターが皆から責められる、ど迫力のナンバーです。

ミサの後で全員に与えられるパン(聖体拝領)も与えられず「お葬式にはダメだからね。ピーター」と神父に言われ、周りがみんな泣いていて母が喪服を着ている。
この描写から察せられるのは「ピーターが周囲の偏見で自殺に追い込まれたのかな?」でした。

日本版では宗教的禁忌によるピーターの追い詰められ方が凄まじい迫力のこのシーン。
終盤の「ティモテ・ローマ・◯◯・レビの予言」をひたすら繰り返し、「十字架を運べ、一生罪を、罰を」で終わるあれは、ちょこっとキリスト教を勉強するとむちゃくちゃ怖いのです。(初演の時にブログで解説されていて、背筋がぞ~っとしました。今書けるほど覚えてないのが申し訳ない…)
そりゃ目が覚めて夢だと気づいたら、必死にマリア様に助けを求めますわね…。

が、韓国版の歌詞では、日本版の三倍はひどいことを言われてるんだそうです。(内容を教えてくださったフォロワーさんに感謝!)
恐らく日本よりキリスト教が日本に根付いている国なので、宗教的禁忌の感覚の説明にここまで歌詞を使わずにすむのと、英語並みに歌詞に意味を詰め込めるからなのでしょう。宗教的禁忌に加えて、生理的嫌悪や偏見や罵倒が加わって、さらに怖い。

「ふたりだけで」
自責の念に苦しむピーターを颯爽と救いに来るのが恋人のジェイソン。「ふたりだけで」はジェイソンの人気者ぶりを示すと共に、盛りのついた恋人同士がいちゃつく歌でもありました…初演では。そう初演では!

再演のこの日は、全く違う印象を受けたのです。
この日の小谷ジェイソンと田村ピーターは、隣にいるのがあまりにも当然で自然で、互いが互いを深く愛していました。とてもパンフにあるような「甘酸っぱい恋」どころの話ではなかった!
二人の姿から思い浮かんだのは「比翼連理」という言葉でした。

(「比翼」は比翼の鳥のことで、雌雄それぞれ目と翼が一つずつで、常に一体となって飛ぶという想像上の鳥。「連理」は連理の枝のことで、根元は別々の二本の木で幹や枝が途中でくっついて、木理が連なったもの。男女の離れがたく仲むつまじいことのたとえ。)

二人が並んでじゃれ合う姿に「ああ、この二人は6年前にルームメイトになった時、運命の出会いをしたんだな。時間をかけて、心も体も重ねて深い愛情を大切に育ててきたんだな」とすんなり納得できた。だから、初演に比べてものすごく控えめになっていた性的表現の演出(ほぼ歌詞のみ)も全く気になりませんでした。

一見ジェイソンがピーターを焦らして甘やかしているように見えて、あれ、ジェイソンの方がピーターに甘えてるんですよね。
優等生を演じ続けているジェイソンが、唯一気を抜いて素になれる場所がピーターなんだと思うと、その後の展開を知ってることもあって思わず涙ぐんでしまいました…。まさかこの曲で泣かされるとは、小谷田村コンビ恐ろしい((((;゜Д゜)))。

そこまで深く彼を愛し、彼から愛されている自信もあるからこそ、そのまま続く「人生という名の芝居」で「この先どうなるのか。このままヘテロの男として振舞い、生きていくのか。いや自分はありのままの自分として生きたい」と自問自答するピーターの歌声に心震わされました。
冒頭の2曲目・3曲目からこうも泣かされるとは・・・。


「オーディション」
芝居のオーディションを受ける気はないといっていたジェイソンですが、ピーターのおねだりで気を変え、見事ロミオを射止めます。
気のおさまらないマットが終わってから「オーディション受けるなんて知らなかったよ」と声をかけ、「俺も知らなかったよ、今朝決めた」と爽やかに言われて「今朝!?…そう、おめでとう」といって去るシーンが好きです。

オーディション時のマットの「オレオレアピール」が凄くて(笑)、「彼はきっとこのために、すごく前から準備してたんだろうな」というのが見えるんですね。
ここでマットはジェイソンと自分の能力の差を思い知らされるんだけど、「ちゃんと祝福の言葉を、気持ちを込めて」おめでとう、とジェイソンに伝えていくところが神田マットの好きなところです。

物語を追っていくとわかるんだけど、マットはとても純粋で善良で、他己的な子なんですね。「その純粋や善良さが、事態を悪化させるトリガーを引く」という運命の皮肉も、この物語の見所の一つだと思います(神田さんはトークショーで「純粋であるが故の罪」という表現をされていました)。

「デブ上等」
ジュリエットの乳母に選ばれて自虐に走るナディアと、それを慰めるジェイソン。ナディアの複雑な自己肯定感と、芯の強さに心打たれます。
ここで明かされる二人の親の、ジェイソンとナディアに対するあからさまな扱いの違い(ジェイソンの誕生祝いは高額小切手と手紙、ナディアには秘書に選ばせたイヤリングのみ)と、「子供は自分達の所有物で、アクセサリーで、世間に自慢するもの」という価値観も示されます(これが後々効いてくる)。

谷口ナディアが手紙を読み終わる前に、小谷ジェイソンはナディアへのメッセージがないことに気づいたみたいで、どうフォローしようか考えてたように見えました。
「イヤリング可愛い?」と何度もジェイソンに聞き、「可愛いよ」と繰り返し言わせて「録音しておこうかな」と言ってジェイソンに笑われるナディア。ここのじゃれあいが、めっちゃ可愛くて和みました。

でも「可愛いよ」と心から言ってくれて甘えさせてくれるジェイソンの存在があったから、「デブ上等」で歌われる強い意志をナディアは形作れたんだと思います。
逆にジェイソンは、ナディアという支えるべき存在がいたこと+ピーターという弱さを見せられる存在がいたことで、親のプレッシャーに負けずに優等生を演じ続ける事ができたのかな、と思います。どっちも、一人だったら潰れてたんじゃないかなぁ。


「しずかな夜」
歌の前の、ナディアとの「(私の物に)何も触らないでね」「(男性の体、恐らくペニスに)触るの好きなくせに!」というやり取り、初演は意味が一発で取れたんですけど、今回はきょとんとしちゃって。
初演フィルターで押しきって後から(あ、ああいう意味だったわ)と理解したんですが、今回が初見の人はあそこは訳わからなかったと思うなあ…。
初演は訳と演出がセットで意味が伝わるシーンだったと思うので、演出を変えたのなら訳も補わないと伝わらないんでは…?

レイブパーティに行くときのアイヴィの格好も疑問でした。
初演は女の私でも目が釘付けになるくらい、へそ以外の露出を抑えても2人ともおしゃれだったんです(確か宮澤さんがメタリック系のスカート、平田さんが革のパンツ)。

今回はへそ出しではあるんだけど、「チェックのシャツにデニムのミニスカって、お、おぅ」と思っちゃいました…。
アメリカのハイティーンの夜のパーティにそれはありなのか?チャンスがあったら好きな男を口説くかもしれないところにその格好なのか?おしゃれに関心がないのか、何を着てても大丈夫という自信の現れなのか?と、疑問しかなかった(笑)。
せっかく茜屋さん可愛いんだから、夜のパーティならレースとかシースルー素材とか着せたかった!(笑)
もっとかわいくてセクシーな格好させてほしかったです。

初演は私服校でしたが今回は制服校なので、私服のシーンがキャラを読み解く重要なアイテムなのですが、こういう訳で、今回の演出の「アイヴィがどういう女の子なのか」が、私にはいまいちよくわかりませんでした…。
内面の部分は茜屋さんの演技ですごく伝わってくるんですけど、それを邪魔する「ガワ」の部分が見えてこなかった。
リーフレットの説明には「学校のマドンナ」って書いてあるんですね。
マドンナ??
「そこまでの存在なら、誕生日のお祝いで皆でビッチ呼ばわりするのを、誰か止めるだろ」と思うんだけどな~。

「しずかな夜」
ナディアの孤独と、孤独によって得られる安らぎを愛する相反する気持ちは私にも覚えがあるもので、とても好きなシーンでした。

「眩暈」~「この秘密を」
レイブパーティでジェイソンにキスをせがむも断られ、二人きりで話し合うピーター。
「この秘密を」で、「田村ピーターがカミングアウトを望む理由は、生涯ジェイソンと共にいたいから」というのが明確に見えて。
逆に、「小谷ジェイソンがカミングアウトを拒む理由はピーターを守るためなのかな」と、ふと思ったんです。

ジェイソンは、親というフィルターを通して世間の荒波にさらされている。どんな目で見られ、どんな不利益が待つかのイメージがより具体的にできるのではないか。
対してピーターは、シングルマザーのクレアが恐らく防波堤になっていて、世間知らずな面があるのではないか、と。


「懺悔」
この時間、他の生徒たちは虚勢を張って「何一つ失敗してない」と高らかにファイティングポーズを取って歌います。
ピーターとマットだけが懺悔し、神父は彼らに赦しを与えます。
ここ、「ゲイである」ということを罪だと感じているピーターはともかく、なんでマットが懺悔してるのか今回まで私はわかってなかったんです。

「偶然だったのに、キスを覗き見てしまったことを懺悔してるのか?」って不思議だった。

けど、マットはピーターとジェイソンの罪(カソリックでは同性愛は宗教上の罪とされる)のために懺悔してたんですね。「自分のためじゃなく人のために、彼らの罪を許してくれと神に祈ってたのか!良い子やな君!」と初めて気づいて、感動してしまいました。

「この子は」
シスター・シャンテルに絵を見せるも一蹴されるアイヴィ。哀しみの独白を見守り、遠くから彼女を見つめて想いを歌うマット。
二階建てになったことで二人の動線と視線が一切交わらず、姿と声だけが重なって見えるというとても美しいシーンになっていました。

この前のごちゃごちゃしたシーンで、ナディアが「彼女の手が器用なのは皆知ってるよね」と布をペニスに見立てて扱いてみせるので「ああ、アイヴィがすぐ男と寝る女の子設定は健在なのね」とここでわかったわけですが(笑)。
「神田マットはそういう噂に惑わされず、彼女の内面をしっかり見抜いて好きになってたんだよなあ。アイヴィ、男見る目なかったね・・・」と思えたシーンです。

「バースデイ」~「キス」
アイヴィのバースディサプライズに、皆でパーティーをすることに。
マットは一生懸命準備しますが、待っている間にアイヴィは酔っぱらってるわ、大麻入りのブラウニーは皆に出回ってるわ、音頭を取ったナディアは凄い替え歌を歌うわで、マットってつくづく報われないですよね(^_^;
(アイヴィが酔っ払ってたからあの歌を笑ってスルーしてくれたとも言えるのか)

大麻に酔った勢いでジェイソンにキスを迫るピーターを、皆の前だからと拒否するジェイソン。ぶち切れて出て行くピーター。
そこにアイヴィが声をかけてきます。ジェイソンもちょっと怒っているのでピーターを放置してアイヴィの相手をすることに。

ジェイソンと話し続けるアイヴィに何度かマットが声をかけますが、そのたびにすげなくされ、冷たく断られ、マットは諦めて外に出て行ってしまいます。

そしてアイヴィ、酒の勢いでぐいぐいジェイソンに迫っていきます。
肉食系女子、本領発揮。
ジェイソンは紳士的にかわしていますが、この日の小谷ジェイソンは途中からだんだん相手をするのが面倒くさくなってきて、「どうせアイヴィは誰とでもやってんだし、キスくらいならいっか」と、彼女の押しに負けたように見えました(笑)

「祈り」
アイヴィのために頑張ってお祝いの企画をしたのにちっとも報われなくて、一人やけ酒するマット。そこへふらふらピーターが迷い込んできます。
互いの不遇を嘆き、僕らの祈りは届かないのかと神へ訴える二人。
やけ酒し、ダンスを踊って少しすっきり。
マットは酒の勢いでダンスの後「(ジェイソンとピーターの間では)リードはどっち?」と尋ね、ピーターは耳打ちで答えます。それを聞いてマットは「僕もう寝るね、お休み」と走り去っていきます。

これ、ピーターの初めてのカミングアウト(自分のセクシュアリティを打ち明ける)であると同時に、ジェイソンがゲイであるというアウティング(本人の了解を得ずに公にしていない性的嗜好等の秘密を暴露すること)でもあるのですよね。
聞いた側のマットが引いてるのがリアリティがあるなと思いました(マットもまた、同性愛は罪であるという価値観に支配された人であると言うことを表しています)。それでも、次の日以降もマットは変わらぬ態度でピーターに接し続けていた。それだけマットにとってピーターは大切な友人だったのでしょう。


「汚名」~「ふたり幸せに」
マットがジェイソンに突っかかってあわや乱闘になりかけ、シスター・シャンテルがジェイソンを残して皆を外に出します。
心配して様子を見に来たピーターと、再びカミングアウトの件で言い争いになる二人。

ジェイソンがカミングアウトを拒否する理由が自らの保身にとどまらず、「ピーターを愛しているから、守りたいからなのに、どうしてわかってくれないんだ!」という気持ちを感じるジェイソンは初めてでした。
互いの愛ゆえに、決定的にすれ違ってしまうのがとても悲しかったシーンです。

先に「比翼連理」の例えを出しましたが、これは本来は二羽揃って初めて飛べる鳥です。けれど、ジェイソンの翼は親たちによって「世間体」という名の鎖でがんじがらめにされ、錘をつけられ、彼には自分が飛べると夢を見ることすら許されなかったのでしょう。

ここでの決裂で、ピーターは二人で飛ぶのを諦め、「片翼でも一人でも飛ぼう・自分らしくありたいという願いを叶えよう」と、進学先をリベラルな土地の大学へ変え、母にカミングアウトしようとすることになります。


「愛」
小谷ジェイソンの気持ちは、最初から最後まで見事に田村ピーターにしか向いていないのですが、毎回ピーターと喧嘩した直後にアイヴィがモーションをかけてきます。
優等生だから最初はジェントルに接しているけど、だんだん断るのが面倒になってアイヴィに押し切られる、この繰り返し。

セックスした日は、もっと言えばピーターとの事で傷ついた心を慰めるのに、「自分が女相手でもいけるのか」、アイヴィをお試し利用していました。
茜屋アイヴィは割と早い段階でジェイソンに対して本気の想いを見せてきたので、ジェイソンの残酷さが引き立って、彼女が可哀想で可哀想で仕方がなかったです。これは初演では感じたことのない感情でした。


〈二幕〉
「ウェディングベル」
ジェイソンとピーターの結婚式。場所はマサチューセッツ(2000年当時、同性婚の認められていた数少ない州の一つだそうです。現在は全米のほぼすべての州で同性婚が認められているそう)。シスター・シャンテルが式を取り扱い、二人で考えた誓いの言葉を述べたとき、ジェイソンとピーターは引き離され、ジェイソンの隣には花嫁姿のアイヴィが並び、神父が誓いの言葉を述べています。
その様子を、ただ見ていることしかできないピーター。悪夢から覚めても心は晴れません。


最初の白いジャケットで出てきたときの二人が、とっても幸せそうなんですよ。
自分たちで考えた誓いの言葉も真剣で、とても嬉しそう(この言葉は実は最後の伏線でもあるのですが)。
だから、セットが動き出して引き離されたときの二人の驚愕の表情と、無表情でアイヴィの隣に並ぶジェイソンのさっきまでとのギャップ、ピーターのショックと哀しみが見ていてもう辛くて辛くて・・・。

これは、小谷田村ペアの関係性の深さに依るんだと思います。
初演でここまでの衝撃をこのシーンで感じた記憶、ありませんでしたから。

「廊下で」
ジェイソンとのルームメイトを解消し、ルーカスの部屋へお引っ越しするピーター。
ジェイソンは必死に彼を引き留めようとし、「もう何日かで卒業なんだよ、寂しいよ」と本音で話しますが、ピーターは行ってしまいます。

マットがアイヴィに休みの間に留守電の返事が無かったことを尋ねますが、アイヴィはつれない返事しか返しません。

「すぐそばで」
「休みの間に連絡をくれなかったから」と、アイヴィがジェイソンの元を訪れ、思いの丈を懸命に語ります。

ここの茜屋アイヴィが、とっても可愛かった!!
これが本当の(そしてマットには見えていた)彼女なんだなって思いました。
でも小谷ジェイソンの目には彼女は入ってなくて、田村ピーターの背中しか見えてないのが見ていてはっきりわかるんです・・・。

「僕を」~「どうしたらいい」
部屋で母クレアに電話でカミングアウトしようとする田村ピーターと、聞きたくないので懸命に逃げるクレアの攻防。
泣きながら「聞いて」と懇願するピーターと必死で逃げる伊東クレアのせめぎ合いが辛かったです。

初演ではピーターに感情移入していましたが、今回はクレアのことを考えながら見ていました。
クレアはピーターが幼い頃から、彼がゲイではないかと疑っていた。
心の準備をする時間なら、十分あったはず。
それなのに、逃げた。
ということは、受け入れたくなかったのだろう。
でも、息子に対する愛情はある。

わかっていても受け入れ難いものと直面させられた時、人はどう行動すべきか。
同性愛に対する強い嫌悪と息子への愛情を天秤にかけ、クレアがどれ程苦しんだか。


私自身は親になったこともないし、信仰も持たないし、同性愛に嫌悪感がないので、クレアの苦しみを理解することはできません。
でも、この相克はおそらく想像を絶する苦しみなのだと思うし、安易に「クレアが悪い」と言えるものではないのだろう、と感じました。
なので「今日の田村ピーターと伊東クレアだと、大学進学を機に決裂しちゃうかな」と、ここでは思ったのです。


「巡礼の手」~「必要なもの」
「ロミオとジュリエット」の練習中、欠席したアイヴィの代わりにジュリエットの代役をダイアンが努めようとしますが、台詞に詰まってしまいます。ピーターが壁際ですらすらと「巡礼の手」の台詞を言い、シスター・シャンテルはそのままピーターに代役をやらせます。

ジェイソンと手を合わせて歌うピーターの「台詞回し」がとても淡々としているにも関わらず、深い愛情が伝わってくるのにじーんとしました。
男同士であることをからかったザックを即座に戒めるシスター・シャンテルがとても素敵で!
練習の後、ピーターとシスターが二人で話し、彼を励まし勇気づける時のシスターのユーモアと明るさと暖かさに、「ようやく彼に生身の味方ができた」と私まで安心しました(マットも「秘密を守ってくれる」という意味で、ピーターの味方ではあるのですけれどね)。

「大人」
ナディアがアイヴィにいう「あんたが元気ないなんてまっぴらなのよ、かわいいってだけで世界を手に入れてたくせに!」
いやあ、今回も刺さりました。
体調が悪そうで心配、だけど素直にそれが言えない。コンプレックスをマックスに刺激する相手に、最愛の兄を取られた悔しさや寂しさもこもってる。
谷口ナディア、本当にお見事でした。


茜屋アイヴィの全身全霊の歌から、ラストの呟くような「ただの子供なのに」も、忘れられません。
ジェイソン、ほんとお前最低(アイヴィに対しては、ね)。

「約束」
アイヴィからジェイソンが妊娠を打ち明けられ、神田マットが飛び込んでくる場面。
「もしもあいつがそうじゃなければ、君は傷つかないのに…!」にこめられた、マットの切なさとアイヴィへの思いやりと悔しさに胸を打たれました。

ここからのマットのアウティング、初演ではアイヴィにぶたれるまで神田マットは「アイヴィの代理人」として怒りに燃えていた記憶があります。

でも今回は「アイヴィとピーター、二人のために」怒って、行ったことのように感じました。
また、途中からジェイソン・ピーター・アイヴィの反応を見て「自分は取り返しのつかないことをしてしまったのではないか」と気づいて意気消沈し、フォローしようとして失敗していました。
「地獄への道は善意の石で敷き詰められている」といいますが、まさにマットの純粋さと善良さが引き金を引き、事態を悪い方へ、悪い方へと押し流してしまった。打ちのめされる神田マットの様子が、見ていてとても辛かったです。


ジェイソンが「とにかくこの場面の練習を」といって始めるのが「巡礼の手」の場面なのも象徴的。まさに「あなたを汚して」しまったわけですから・・・。
「前にピーターとの練習の様子を見ていたクラスメイトの女の子達が耐えきれずに、アイヴィより先に飛び出していくわけだよな・・・」と思ってしまいました。

最後に残ったピーターに助けを求めるジェイソンに、ピーターは静かに「助けようとしたよ?」と言い残して去ります。
この「助けようとしたよ」は一緒にカミングアウトすることを差すのかな?ここはよくわかりません。これより前に「アイヴィと寝たのか」と尋ねる場面があったので、ピーターもそれだけショックを受けていたと言うことなのかと思うのですが。

ここでナディアが飛び込んできてジェイソンの腕をしっかり掴み、「パパには秘密、どうすれば良いかわからないけど、誰も悪くない。必ずいつか抜けだそう」と力強く笑いかけます。「今は一人にして欲しい」というジェイソンの頼みにちょっと傷ついた顔をして、それでもナディアは笑って「電話して、いつでもいい、待ってるから」と言ってその場を去ります。

ジェイソン、ここでナディアにすがって一度思いっきり泣いちゃえばよかったのにねぇぇぇ!!!
ずっとしっかりしたお兄ちゃんだったから、頼ることができなかったんだよねぇ…。
そしたらシスター・シャンテルが見つけてくれて、その後の展開も全然違ってきたかもしれなかったのにさ。
抱えきれなくてどうしたら良いかわからないくせに、一人で全部何とかしようとするからだよ、この馬鹿者がー!!!


と言いたかったです。ほんとに。

「あの頃は」
愛するピーターとの思い出、血を吐くような苦しみが語られます。
ここでも彼を苦しめるのは「理想の自分であらねばならない」という、親がかけた呪い。
ピーターも、ナディアも、理想を演じていないそのままの彼を愛していたのに、彼だけがそのことに気づいていなかった。


「十字架」
夜中、ジェイソンが神父様に懺悔する場面です。

たぶん神父様はジェイソンがゲイだと気づいていて、その事を告白しに来たと思っていた。
そして彼の本音が最後に出てきた「親を悲しませたくない」だと思ったから、「黙っていなさい」と助言し、一生黙って生きることを「十字架の重みに耐え、背負って生きろ」(ニュアンス)と表現した。
「苦難の後で安らぎは来る」みたいなことも言ってたから、あれは神父様的には励ましだったんだろうと思います。

で、「崖っぷちにいたジェイソンの背中を押しちゃったのがこの言葉だったな・・・」と思いました。
苦しみのただ中にいる人の辛さに寄り添うんじゃなく、「その罪と苦しみを死ぬまで背負って歩け」って突き放す事ですもんね、「十字架を背負え」って言うのは。


今までピーターにしか甘えられなかったジェイソンが、他に唯一助けを求められたのが神父様(自分より上の存在)だったのに、そこで自分の存在を肯定されたり苦しみに寄り添ってもらえるんじゃなく、こういう突き放し方をされたら、そりゃもう絶望しか残らないでしょうよ・・・。

ジェイソンが床に崩れ落ちる音を聞いて、神父様は「私は間違ったのではないか」と不安そうな顔をしました。
「ここでせっかく気づけていたのに、すぐ卒業だからと何も対策を取らなかったのが林神父様の過ちであり、初演の阿部神父との大きな違いだな」と思いました(阿部神父さんは信念の人で、自分の助言に迷いがなかった)。

もし妊娠のことまでジェイソンが話せていたなら、神父様はまた違う対応を取ってくれたのでしょうか。

「ふたつの家」
演劇発表会当日、上演直前にルーカスから薬を買うジェイソン。
ルーカスは「俺たち、友達だぞ!」と力強くジェイソンを抱きしめ、定位置に着くため去って行きます。
私の位置からはジェイソンの表情は見えませんでしたが、ルーカスの暖かな声と優しい笑顔が印象的でした。

「一緒に逃げないか」というジェイソンに「黙って」と断り、「めちゃくちゃにしてしまった、ごめん」と謝るマットには「もう終わったんだ」とそれ以上言わせないピーター。

皆が定位置に着くその直前、もう一度ジェイソンがピーターを呼び止めます。
ピーターから見捨てられたと思い、ルーカスからもらった致死量の薬を飲み干した後、最後に彼への愛を伝えたくて。

「さらけ出した」で互いの愛情を再確認した後、芝居は続いていきます。
「マブの女王」で薬が回ってふらふらになっていくジェイソン。
今回はピーターが彼を必死にフォローし、何とか芝居を最後まで続けさせ、成功させようとする演出に変わっていました。これまで冷たくした罪滅ぼしをしているようで、この変更はとても好きでした。

今回のジェイソンは最初から死ぬつもりで薬を飲んだように見えたので、常にピーターが舞台上で自分を探してくれて、ふらついたら壁により掛からせたり、自分が受け止めてくれて、最後までピーターの存在を側に感じて安心して逝けたんじゃないかなと思いました。

初演は「不協和音が鳴り響く中、よろけて苦しむジェイソンをピーターが受け止め、そこに皆が駈け寄る。人間の壁ができて二人の姿を隠し、「哀しみの夜」の美しいコーラスが響き渡る」という演出で、何となくジェイソンの視点から見ているような感覚を受けたものです。
今回の演出では「舞踏会で皆が踊る中、倒れ込むジェイソンをピーターが抱きとめて座り、腕の中で息絶える姿をしっかりと見せる。音楽は舞踏会の音楽のまま」なので、自分も発表会の客席にいるようで、綺麗な見せ方になったなと思いました。ただ「哀しみの夜」のコーラスが映えるのは断然不協和音の時だったので、音の作りは初演の方が好みでした。

「赦し」
ピーターと神父様の乗った木の枠の位置が回転して逆転する転換に、「おおおっ!」と思いました!劇場が広くなったからならではの効果的な、立場の逆転を表す演出変更ですね。

あの日の田村ピーターは、とても静かに神父に対して語りかけていました。
神父に問いかけの形を取り、一見神父の罪を糾弾しているようでありながら、その実「僕とあなたは同罪です。どうか、この先、彼のような子供がすがってきたら、今度は見捨てないでください」と懇願しているように、私には感じられてなりませんでした。

たぶん田村ピーターには、自分にしか甘えられなかったジェイソンが誰かに頼れるとしたら、それは神父様しかいないと分かっていたのでしょう。


「あなたを赦します、神父様」の言葉を聞いて、神父は泣き出す寸前のような、ぐしゃぐしゃの顔になりました、その顔が今も忘れられません。大人だから、生徒の前では懸命に取り繕っていただけだったのだと。
彼がジェイソンを救えなかったこと、自分の判断をどれほど後悔していたのか、その一端を見た気がしました。
「神父もこれから一生この十字架を背負い続けるのだろう」と、その表情を見て思いましたし、ピーターに対して「ジェイソンを救えなくてすまない」と心から思ったからこそ出た表情だったのだろう、とも思いました。


「無言」
卒業式で一フレーズずつナディア、アイヴィ、マット、ピーターと歌い継いでいきます。
ナディアの泣き笑いの笑顔とジェイソンへの「どうすればよかったの?言って欲しかった」に込められた万感の思い。
アイヴィの無表情と平坦な中に込められた怒り。
マットの苦い苦い後悔。
(学年2位だから急遽卒業式のスピーチ書いたんだろうな、どんな気持ちで書いて壇上で読んだのかと思うとたまらない気持ちになりました)
そしてピーターの疑問と後悔と愛惜。

最後に純白のジェイソンが号泣するピーターを愛おしそうに抱きしめるのは、いろんな解釈があると思うんですが、私はあれは「ジェイソンとのすべての思い出」であり、あれがこれからピーターが背負っていく十字架なのだと感じました。

今回加わった、「黒服のクレアが歌い終わったピーターをハグする」という演出が印象に残っています。
クレアが、ピーターが同性愛者であることを受け入れられたかどうかはわかりません。けれど、彼女はああすることで「愛した人を喪ったあなたの悲しみに寄り添い、私も共に十字架を背負う」という決意をピーターに示して見せたのだ、と私は感じました。
「ピーターとクレアがあのまま決裂しなくて良かった。ピーターが話せるようになったら、ジェイソンの思い出をクレアが聞いてくれたなら良いな・・・」と、唯一救いを感じることができました。
亡き人の思い出を語ることは有効なグリーフケアでもあるし、ピーターの学生時代からジェイソンの存在を切り離すことはできない。だから、クレアがピーターを一人にしないでくれたらいいな・・・という希望を持たせてくれる演出でした。


20年前の作品ですが、今の日本の現状を鑑みると、まだまだ「今」のミュージカルであると言わざるを得ないと思います。
キャストを変え、新しい風を吹き込みながら短いスパンで上演し、沢山の方に見て、考えてほしい作品だなと改めて思いました。

平成30年観劇振り返り
2018年12月31日 (月) | 編集 |
Twitterでの「今年のベスト3を挙げてください」という企画に乗っかりました。
ベスト4になっちゃったけど。
これ、ベスト5や10にすると、それはそれで決められないのよね(笑)。

[ミュージカル部門]公演順、同点。
屋根の上のヴァイオリン弾き(地方公演が1月だったので、今年にカウント)
ファン・ホーム
「Play a Life」浜松公演
ナイツテイル

次点がTENTHの「Next to Normal」ダイジェスト版、Suicide Party、舞妓はレディ、High Fidelity。
別枠で熱狂したのが1789とマリーアントワネット。

[ストプレ部門]
TERROR テロ
フリー・コミティッド
いまを生きる
NTLive「エンジェルス・イン・アメリカ」

「エンジェルス・イン・アメリカ」は生じゃないけど、どうしても入れたかった

以下、作品別のプチ感想。
≪屋根の上のヴァイオリン弾き≫
作品と曲の良さ、ベテラン俳優たちの力量の凄まじさは私が言うまでもない。東京で一ヶ月+各地を巡ったことで、三人姉妹もそのパートナーたちも若手アンサンブルキャストたちもパワーアップしていて、更に深く感情を動かされる物語になっていた。

≪ファンホーム≫
「電話線」のシーンで必死に嗚咽をこらえ続け、終演後もしばらく立ち上がれなかった作品。作中の状況とは大きく違うが、死別した父のことを思い出した。「愛の反対は無関心」と言うが、今なら彼の事に関心を持てるかもしれない、そして許せるのかもしれないと終演後に感じた。

≪Play a Life浜松公演≫
念願の神田恭兵「夫」に、レジェンド池谷祐子「妻」と田中里佳「実習生」の組合せがぴたりとはまっていた。一番大好きな俳優さんに、心震える大好きな作品で念願の役を演じてもらえて、しかも期待のはるか上を行く舞台を見せてもらえて、本当に幸せだった。

≪ナイツテイル≫
終演後に心の奥から湧き上がる、この上ない幸福感。
馬鹿な男たちと聡明な女性たちの繰り広げる愛と世界観の変化、舞台美術と転換と照明の美しさ、じんわりと染み渡る楽曲と歌声の美しさ、目に焼き付いて離れない美しい身体表現の数々、ハイレベルなキャスト陣…140字で言い尽くせない。

≪TERROR テロ≫
本物の陪審員になった気分だった。検察と弁護人の主張、証人の証言の一つ一つに心が揺れ、悩みに悩んで有罪票を投じた(判決は無罪)。被害者の妻の証言を聞いている間、被告の松下少佐が、無表情のまま膝の上で手の色が変わり血管が浮き出すほどに拳を握り締めていた姿が忘れられない。

≪フリーコミティッド≫
1人32役の変化とアクシデントも芝居の一部に取り込む様がとにかく凄かった。客や同僚に振り回されて消耗し疲弊する主人公の姿に泣けて泣けて…。ラストは「ざまあみろ!」と思うと同時に、主人公の変化にちょっとうすら寒くなった。成河さんに心のストレッチをしてもらった作品。

≪いまを生きる≫
経験が少なく未熟だからこそ出せる若手の魅力を、演技経験の豊富なキャストと繊細な演出がしっかりと支えていて、原作映画に負けず劣らずの素晴らしさだった。シンプルな舞台装置の中で途切れることのない場面転換と照明の巧みさ、随所で効果的に挟み込まれる音楽の美しさも印象的。

≪エンジェルス・イン・アメリカ≫
AIDSが死病ではなくなった今であっても通じるものがある、骨太の人生讃歌だと思った。
キャスト全員が素晴らしかったのだけれど、特にアンドリュー・ガーフィールトとネイサン・レインが素晴らしすぎた。映像であっても、出会えたことを心から感謝した作品だった。


来年は「足ることを知る」一年にしたいと思います。
あと、NTLiveやシネマ歌舞伎をもっと見に行こうと思います。
(せっかく近場で上映しているのに、行かないと無くなっちゃうから)

今年も一年お世話になりました。
来年もどうぞよろしくお願いいたします。
皆さま、良いお年をお迎えください。



TipTapワークショップリーディング公演 「High Fidelity」(完全ネタバレ) 2018.12.25青盤/赤盤  すみだパークスタジオ倉 
2018年12月31日 (月) | 編集 |
「Next to Normal」で知られるトム・キットの知られざる作品ということで、私は上演発表時点で曲を聞いていました。
https://www.youtube.com/watch?time_continue=432&v=jH6qpoGygQE

ロック、ポップス、バラード、アジアンテイスト等々、バラエティ豊かでとてもかっこいい曲ばかり。
期待MAXで劇場に向かいましたが、上がりまくった私のハードルを軽々と越えていく豪華な生演奏のサウンド、分厚いコーラスに感動!

ソロナンバーを担当する方々はセクシー&パワフルに歌い上げてくれて、曲終わりに自然に「ヒュー!⤴」という声が出ちゃいました。
ライブのような盛り上がりが気持ち良かったです。
青の方がよりポップで、スタンディングで盛り上がりたい感じだったな。

元は二幕物だった作品を、一幕物にして一気に2時間駆け抜けた演出も好きでした。
CDを聞いたら覚えのない曲があったので、一部カットして再編集されたのだと思います。

「英語から日本語に歌詞を訳すと、情報量が1/3になる」というのは有名な話ですが、上田さんの日本語訳はとても秀逸でした!
曲のグルーヴ感や勢いを殺すことなく、巧みに韻を踏みながら笑わせにかかってくる。
早口に歌う部分でも、しっかり歌詞が聞き取れるのもすごかった。
アクセントも日本語で聞いて違和感がないよう、工夫されていたのだと思います。

いわゆる「お芝居の中に歌がポンと入ってくる」タイプの作品で、一曲一曲のテンションがかなり高いのですが、どのキャストも自然に芝居から歌、歌から芝居へと繋げていて、見ていて気持ちが切れることがなかったです。


ネタバレ前にキャスト・スタッフを挟みます(敬称略)。

≪キャスト≫
[赤盤]
ロブ:神田恭兵、ディック:田村良太、バリー:荒井正樹、
ローラ:谷口あかり、リズ:森加織、アンナ:小林風花、
KYMAO/ブルース:菊地まさはる

[青盤]
ロブ:染谷洸太、ディック:大音智海、バリー:ユーリック武蔵、
ローラ:清水彩花、リズ:飯野めぐみ、アンナ:門田奈菜、
KYMAO/ブルース:鎌田誠樹

[シングルキャスト]
マリー:三森千愛
イアン:岸祐二

リーゼント男:髙瀨雄史
フトン男:志村知紀
中年男:大山弘晃
サスペンダー男:脇卓史
音響:松村桜李

アリソン:江見ひかる(小学生での、生まれて初めてのGF)
ペニー:上畑明梨(高校時代の、胸も触らせてくれなかったGF)
チャーリー:友部由菜(あっさり振られたGF)
サラ:日下麻彩(レズに目覚めたGF)
ジャッキー:木内栞(名前を間違えて覚えていたGF)

≪バンドメンバー≫
Key 小澤時史
Gt 成尾憲治
Ba 室屋研吾
Dr 森拓也
Tp 松村桜李
Reed 山口宗真(クラリネット、フルート、サックス2種類)
Vn 宮武佑果

上演台本・演出 上田一豪
音楽監督 小澤時史
照明 関口大和
音響 高橋秀雄
美術・プロデューサー 柴田麻衣子


ここから本格的にネタバレ入ります。
以下、チーム名+役名の表記です。
[READ MORE...]
TipTapワークショップリーディング公演 「High Fidelity」(ネタバレなし) 2018.12.25青盤/赤盤  すみだパークスタジオ倉 
2018年12月31日 (月) | 編集 |
今年の観劇納めは、Tiptapワークショップリーディング公演「High Fedelity」。
青盤と赤盤の千秋楽をマチソワしてきました。

舞台全景(公式ツイッターよりお借りしました)。奥に飾られているのは全部本物のレコードです。
クイーンとピピンは確認できた!(笑)
201812301725060e5.jpg


上手より(終演後の写真撮影可でした)。
201812301730447d4.jpg


劇中で使われる、本物のレコードプレイヤー。床や柱はポップなステッカーでいっぱい。
20181230173103154.jpg


ピクチャーチケット。
友人が教えてくれたのですが、このカセットテープは本物の「SONY製Hi-fiカセットテープ」のデザインだそう。
201812301731160fb.jpg


開演前に、「オリジナル作品ではなく、BW作品をワークショップ公演として上演した意義」に関して上田さんの前説がありました。
二回合わせて、大体こんな感じ。
・トニー賞を取ったり有名映画が原作といった作品でなくても、日本では見ることのできない埋もれた面白い作品が沢山ある。それを日本のお客さんに紹介したい。
・別の形でプロデュースされたり、違うカンパニーで上演されるきっかけになれば良いなと思っている。
・リーディングと銘打っているけれど、皆が覚えてくれたので、本を持たない演出つけちゃいました!(笑)
・稽古期間が10日、劇場で2日で作り上げた。袖では台本持ってます。忘れちゃったら袖から誰かが教えたりするかもしれません(笑)。
・ワークショップ形式ということで、作品が生まれる瞬間を共有したい。面白かったりつまんなかったら遠慮なく反応してください。

上田さんが「日本版のロブの登場です!」と呼び込み、上手通路からロブが走りこんでくると、客席から大喝采が起こりました。
和やかに笑いを取りつつの前説で、いい感じに客席がリラックスした状態での開演でした。
この日は青盤でも赤盤でも、客席がノリノリだったのが印象的です。
あの空気の中で見られてよかったなあ。


まず驚いたこと。
誰も台本を読んでいない。いや、持ってすらいない。
リーディング公演とは…(笑)。

客席ギリギリまでアクティングエリアで、皆が所狭しと動き回るものですから、その迫力たるや半端なかったです。
私は青が最前列、赤が二列目の上手でしたので、キャストが下手に来ると空気の振動まで伝わってきて。
「振付がいない」と後から知って仰天しました。
基本的な動きは上田さんがつけてたんだろうけど、わりと2チームで違ってたから、各キャストのセンスに任されてた部分も多いんだろうな…。

袖と舞台奥のバンドがいるエリアが全部見える作りなので、出番がない時のキャストの様子も、衣装替えも見える。
芝居にバンドメンバーが絡んだり、自分が出てない時の舞台上の展開にキャストが大笑いしたり声をかけたりする。
客席からも遠慮なく声がかかる。
それらの相乗効果で、良い意味でラフでフリーダムな空気で劇場が満たされていて。
「作品の生まれる、まさにその瞬間を見ている」というワクワクを全身で感じる、貴重な演劇経験になりました。

私が見たのは楽日ということもあり、このカンパニーでの一つの到達点を見せてもらった訳で。
2チームとも、「まだまだこのカンパニーは化ける!」という予感がしました。本当に楽しかったです。


Tiptapは複数チーム制での上演が常なのですが、今回も「同じ台本・楽曲で、ここまで違う印象に仕上げてくるか!」と心底驚かされました。

一言で言うなら、青盤は「ロブとローラを中心とした恋物語」。
ダメ男たちの健気な頑張りを、気がついたら私は全力で応援していました。
ローラとロブの恋の行方に胸を熱くし、ディックとアンナにはらはらし、バリーとリズにおおおっと盛り上がり(笑)。
物語のあちこちで爆笑しながら、自然に涙がこぼれていました。

それに対して、赤盤は「ダメ男たちの変化と成長物語」。
神田ロブを始め、出てくる男が皆ほんとにダメなおじさんなんですよ(笑)。
青もダメンズの集まりだったけど、赤に比べるとキャストの実年齢が若いこともあるのか、赤のダメさは青以上に強固で可変性がないものに見えました。
なのに!
彼らの発するすさまじい熱量と魅力で、沼の深みまで引きずり込まれてしまいました。

私が神田恭兵さんのファンだからでしょうが、自分でも驚くほどロブに惹かれてしまって。
どうしようもなくダメなんだけど、むくれたりぎょっとしたりする顔が可愛くて、シリアスな表情がかっこ良くて、くるくる動く目が生き生きしてて、体が美しくてカッコいい。あれはずるい。
「ダメ男だとわかっているのに、こんな人を好きになったら身の破滅だと思うのに、こんなにも心惹かれてしまうものなのね!!」と思いました。
心が握りつぶされ、引き裂かれそうな2時間でした。
恋とはげに怖ろしきものか…。いい疑似体験ができました(笑)。

続く記事では、青盤、赤盤のそれぞれについて、物語を追いながらネタバレ満載で書こうと思います。

「ジャージーボーイズ」(Blue) 2018.11.4マチネ(久留米シティプラザ)
2018年11月11日 (日) | 編集 |
O列上手通路側

フランキー・ヴァリ 中川晃教
トミー・デヴィート 伊礼彼方
ボブ・ゴーディオ 矢崎広
ニック・マッシ spi

太田基裕、阿部裕、畠中洋、綿引さやか、小此木まり、まりゑ、遠藤瑠美子、大音智海、白石拓也、山野靖博、石川新太

翻訳:小田島恒志
訳詞:高橋亜子
演出:藤田俊太郎
音楽監督: 島 健
音楽監督補・ヴォーカルデザイン:福井小百合
振付:新海絵理子
美術:松井るみ
照明:日下靖順
音響:山本浩一
映像:横山翼
衣裳:小林巨和
ヘアメイク: 井上京子

(あらすじ・公式サイトより)
ニュージャージ州ーの貧しい片田舎。
「天使の歌声」を持つフランキーは、成功を夢見る兄貴分のトミーとニックのバンドグループに迎え入れられる。

鳴かず飛ばずの日々が続く中、作曲の才能溢れるボブが加入。
過酷な下積み生活を経て、ついにボブの楽曲と4人のハーモニーが認められる。

彼らは「ザ・フォーシーズンズ」としてレコード会社と契約し、「Sherry」をはじめとする全米ナンバー1の楽曲を次々と生み出していく。
しかし輝かしい活躍の裏では、莫大な借金やグループ内での確執、家族の不仲など様々な問題が彼らを蝕んでいた。
それらはやがて大きな軋轢となり、グループを引き裂いていく。

成功と挫折、その先で彼らが見たものは―

(引用終わり)

グループ名の「ザ・フォーシーズンズ」にちなみ、メンバーが1人ずつ
「春(トミー)」、「夏(ボブ)」、「秋(ニック)」、「冬(フランキー)」の場面の語り手となり、
実際のヒット曲をはさみながらグループの結成からロックの殿堂入りまでが描かれています。

私は今回が初見で、Blueのみの観劇でした。
初演や東京公演での感想を聞いていた時は予想もしなかったんですが
こんなに辛い話だったの!?
もっとワーッと盛り上がってすっきり終わるのかと思ってたよ!


私は暗い話はむしろ好きな方なんですが、
「ミス・サイゴン」や「マリー・アントワネット」よりよっぽどツライ。
総立ちのカーテンコールで、上手通路は白石拓也さんや石川新太さんが下りてきて、石川さんの歌がすぐ近くで聞けたりもしたのですが(耳福)
あの盛り上がったカーテンコールをしても拭い去れない、荒涼とした孤独感。ツライ。めっちゃツライ。

「音楽の才能、夢の実現、仕事の成功によって、人としての幸せが遠ざかっていったフランキー・ヴァリという天才の物語」だと私は受け止めました(なんだか「モーツァルト!」みたいだな)。

好みの芝居をする人が多いのでBlueを選んだんですが、
予想通り歌と芝居の上手い人しかいない極上の舞台で、演出も美術も素敵でした。
それ故に別チームを見たりリピートする気力が起こらない(笑)。

終演直後の感想が「クズな色男を演じさせたら伊礼彼方の右に出るものはいない」だったんですけど、いやもうほんとにここしか救いがなかった(笑)


思い返すと、MCを挟みながらのコンサートを見たようでもあり、歌とお芝居が一体化していたようでもあり、歌入りのストレートプレイを見ていたようでもあり…。とても不思議な感覚が残りました。
「Not for Me」だったけど、心に深く爪痕を残す作品でした。


まず、美術がすごく面白かったです。
舞台奥にある、細かく仕切られてたくさんの衣装がかかっている空間(「ハウス」と呼ばれているそう)には、客席にいるのに舞台裏を覗いているような気にさせられました。
あれ凄く素敵な仕掛けだと思う。
舞台の両端に設置されたモニターには、時折リアルタイムの映像が映りこみます。
回る盆に乗った、左右に長く広がる距離が心情表現に見える二段のセットや、
「ラ・マンチャの男」のラストシーンを思わせる中央の高く長い階段と三階建てのセットも印象的だったな。


「春」はグループの始まりをトミーが語るシーン。
トミーは突然通路に登場し、客席の意識を一気にかっさらっていきました。

先にも書きましたが、伊礼トミーが「見事な田舎のヤンキー」で、「ナチュラルにクズ」で「自覚のないトラブルメーカー」でした(絶賛しています。念のため)。
悪気がないからこそ質が悪くて救いようがない。ツライ。
伊礼トミーの大人っぽさ&ガラの悪さとの対比で、冒頭のフランキーや登場時のボブはものすごく可愛らしいチェリーボーイに見えました(笑)。

トミーからしたら、自分が盾になってグループの皆を守っているつもりだったんだろうな、と思います。
夏以降、語り手ではなくなった時も本人の思いは伝わってきて。
故に「本人の思い」と、「実際にやってること」や「周囲の受けとり方」のズレが明らかになる「秋」以降はが大変辛かったです。
「家族以上に共に時間を過ごす」人たちの間で、音楽的才能以外では皆からドン引きされ、フランキーやボブから空気扱いされ、そのストレスを博打で紛らわしてたんだろうな…。

「春」でトミーが「マフィアのボス(阿部さん)のお願いだから歌って」とフランキーを連れて行き、歌を聞いた後のボスの喜びように「俺の言うことに間違いはないだろ?」とでも言いたげな顔と、
「秋」でトミーの借金の相談をしに行った時の、ばつが悪そうでもあり、開き直って自棄になっているようにも見える顔が印象に残っています。
相談に来た二人を包み込むようなボスの父性が心に染みました。

ロックの殿堂入りで再会した時、娘を亡くしたフランキーを気遣うところでは「あのやんちゃだったトミーも、周りを気遣える大人になったんだなあ」としみじみ。

きっと日本版のジャージーボーイズは、「ジャージー」という土地柄をトミーの存在で表現してるんだと思います。
柄が悪くて厄介。だけど、心底からは憎めないし、見放せない。そういう存在が彼らにとっての「故郷」だったのではないかと。

伊礼トミーのナチュラルな年の取り方も印象的でした。好き。
一人ずつ階段を下りながら「語り手」に戻り、物語の中で語られなかった人生を説明するシーンで、伊礼トミーがべりっとひげをむしり取った瞬間に若返るところ凄かった!びっくり箱を開けられたような気分になりました。


「春」での伊礼トミーの無茶苦茶ぶりに引いていたせいか、矢崎ボブの「夏」に入ると今度はぐっと感情移入させられました(笑)。

矢崎ボブはあの中では「育ちが良い坊ちゃん」という感じ。
ツアー中に4人で刑務所に入れられた時の、落ち込みっぷりと怒りっぷりが凄かったです。
彼は自分のことを「一発屋」といいつつ、一発でも当てたことが自信になってて、自分を安売りしない人。

『1963年12月 (あのすばらしき夜)』は、まさしく青春って感じで可愛かったなあ😁
キラキラしてました。

「Cry for Me」で演奏に加わっていくフランキー、ニック、トミーの図と歌声の一体感がすごく素敵でした。
4人の声がそれぞれの響きのまま通ってくるのが心地良かったです。溶け合わない気持ちよさというか…。
「シェリー」や「Walk Like a Man」での歌声のバランスの良さが、後に4人のパワーバランスが不均衡になる様を際立たせていたように思います。

ボブはフランキーの声に一目(一聞き)で惚れ、音楽的才能に惚れ、人間的にも惚れたんだろうな、と感じました。
フランキーが好きすぎて、夢の邪魔になるトミーは最初から疎んじてたし、ニックのことも最初からどこか軽んじてたような気がしました。
夏でのボブの眩しさが、秋での残酷さに繋がっているところがすごく良いなと思いました。
矢崎さんのお芝居もまた見てみたいです。


Spiさんは初めましてでしたが、素敵なお芝居をなさる俳優さんだなあと思いました。
spiニックの印象は「すごく良い奴」。
笑顔が印象的で、若い時から包容力に溢れていて、側に居ると安心する人。
そのキャラクター故に仲間内の緩衝材になっていて、いつの間にかフランキーもボブもトミーも甘えてたのかな。

「10年間、トミーのホテルでの傍若無人ぶりを我慢していた」と話すくだりでは気の毒で仕方ありませんでした。
「日常生活の些細なことの積み重ねで、熟年離婚って起こるものね」と思ったり(笑)。

「ボブとフランキーの二人がいれば」(ニュアンス)というボブの言葉がなければ、spiニックはもしかしたらもうしばらくグループに留まったかもしれない、と感じました。
ボブとフランキーの間にある関係性が強すぎて、トミーとは違う形の疎外感にニックも苦しんでいたのでしょう。

「秋」のラストでは、「自分が前面に出たい」という欲をあんなに強く内に秘めていた事に驚かされました。
しばしば繰り返されていた「俺もバンド作ろうかな」というセリフ。
軽い口調に聞こえていたけど、本当はトミーへの反発ではなく「自分がスポットライトを浴びたい」という気持ちの現れだったんだな…。
「バンドが売れたことによって彼の絶望はより深まっていったのだ」と、去り際のリンゴ・スターの例えに感じさせられました。
自分を突き放して笑おうとしているような、何とも言えない表情と口調だったなあ。


「秋」でのニックの「家族と過ごしたいんだ」という脱退の理由付けとの対比で、物語のあちこちで描かれるフランキーの家庭不和がクリアに浮かんで見えました。
家族の生活を支え、自分の喜びでもある仕事(音楽)が、フランキーから家族を遠ざけていく。
自分を理解し愛し続けてくれると思ったロレイン(小此木さん)からも、別れを告げられてしまう。
メアリーとロレインがセットの上と下、上手と下手でフランキーを挟んで対照的になる構図が、とても美しくて悲しかったです。

寂しさを紛らわすためのアルコールや煙草に苦しんでいるメアリー(綿引さん)。
フランキーとの物理的な距離と、彼の浮気による心の距離と、孤独の中で子育てに奮闘する姿が見えるような気がしました。

フランキーと娘(まりゑさん)とのすれ違う様子にも胸が痛みました。
娘からしてみれば、「普段は関わらないくせに都合の良い時だけオヤジ面するんじゃねーよ!」と思うだろうな(笑)。
娘との電話のシーンからは、母と娘の間にはそれなりに信頼関係があるのを感じられます。その間をフランキーが割って、無理やり居座ってる感じ。
メアリー&娘とフランキーの関係は、ボブ&フランキーとトミーの関係と良く似ていました。

少しずつ娘との関係が改善できて幸せそうな表情から一転、電話を取って凍り付くフランキーの背中。
あれが、私にとってはこの物語のハイライトでした。
一瞬で、無言のうちにすべてを伝えるあの背中。忘れられません。

フランキーがバックコーラスを従えて「君の瞳に恋してる」を歌っている時は、魔法にかけられた気分でした。
会場一面を照らすミラーボールの美しさと、会場の盛り上がりといったら!
あれは、大きな会場ならではの美しさと熱量だったんじゃないかな。

ただ、曲のヒット後も、ロックの殿堂入りで4人が集まった時も、フランキーの表情はどこか固いままでした。
歌っている間以外のフランキーから、音楽によって得た喜びをあまり感じなかったので、終演後にひたすら辛さが残ったのかなと思います。


四人がロックの殿堂入りで再会したシーン前後の、「自分たちのファン層がどんな人たちだったか」を語る言葉と「この賞は金では買えない。これは一般大衆がくれたものだ」(ニュアンス)という言葉が好きでした(どちらもトミーの語りだったかな)。
また、「ビートルズが全世界に与えた影響ってほんとに凄まじかったんだな…」とも感じさせられました。



久留米は非常に音響の良いホールなので、コーラスの美しさが際立っていました。
4人の声が粒だって聞こえるように、アンサンブルの声は計算されて溶け合わせていたんじゃないか、と思いました。

パンフレットを買っていないので役名はわからないんですが、全員に「この人はあれ」と思い出せる役があるってすごいことだと思うんです。

白石さんと山野さんの詐欺師コンビ。
大音さんの、エテ公と言われてたコメディアンシンガー。
石川さんの、ボーリング場でトミーにボブを紹介しようとしてトミーに翻弄されていた子。
遠藤さんのガールズバンドのボーカル。
まりゑさんの娘。
綿引さんのメアリー。
小此木さんのロレイン。
阿部さんのボスとラジオ局のDJ。
畠中さんの借金取り。
太田さんのボブ・クルー。

カーテンコールで「これで全員?」と驚かされました。
一人一人の存在感が鮮やかで、芝居も歌も出過ぎず引き過ぎない、見事なバランスのカンパニーでした。



カーテンコールでは、最初にアッキーから北九州市出身の白石さんに挨拶が振られました。
(たぶんサプライズ。白石さん嬉しそうだった!)
続いて、恒例となっているという、フォーシーズンズメンバーを指名しての挨拶。
アッキーの紹介に「来ると思ってたよ!」と高笑いする伊礼さん。
「3階席、4階席のお客さんも飛び跳ねてるから。落ちるんじゃないかと見ててドキドキした!ダメだよー、自分の身は自分で守らないと」(何となくお父さんっぽい言い方でウケました)

劇場入りしてから久留米シティプラザの3階や4階席まで登ってみて、客席から動画を取ってキャストに送ったそうです。
「新しい劇場のわりにドアと階段がいっぱいで驚いた!(ソフトに意訳してみました)」←これに対し、アッキー他多数からダメ出しとツッコミが入るのがまんまトミーだった(笑)。


好みでないにもかかわらず、これだけ語らせられてしまう作品力と演出と俳優陣とスタッフワークが本当に凄いんだと思います。
何年かたったら、もう一度見てみることができるかな?